石垣島の部落: 石垣島なんでも図鑑
石垣島パイン 美味しい旬到来!

昔は海だった美崎町

【石垣島の部落−美崎町―】

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石垣島一番の歓楽街と言えば「美崎町」。
飲み屋や居酒屋がひしめく一大商業地。

バブルの頃は特にすごかった。
たくさんの人が美崎町で飲んで歩いて回っていたんですよ〜。
特に地元の人は、2〜3件ハシゴは当たり前。
終電なんてないから明け方まで飲んで、酒臭く出勤なんてのも良くある話・・。

一時期は不景気のせいもあって、美崎町の人通りはさびしくなりましたが、
新空港が出来てから、地元だけでなく観光客の方も多く訪れるようになり、また賑わいが戻ってきました。

そんな美崎町ですが、昔は海でした。
写真に移っている道、これが昔は海岸だったんですよ。
昭和30年代に、商業地域の拡大や港の整備が必要となった事で、
埋め立てられて造られたのが美崎町。
もともとこの一帯の海岸は「美崎」と呼ばれていたことから、
昭和41年に正式に「美崎町」と命名されたんだそうです。

石垣島は美崎町以外にも結構埋立地域があり、今も拡大中〜。
年々、大きく育っている?石垣島です。






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人魚の村!石垣島の星野部落

【石垣島の部落 星野部落】

hosino.jpg

石垣島の小さな村「星野部落」。 
この村は人魚の村として有名だが、正確にはちょっと違う。

星野部落は、沖縄本島や宮古島からの開拓移民の方が造った部落で、できたのは昭和25年頃だ。
明和の大津波は、1771年に起きた事だ。
その頃にはまだ星野部落は存在していないんだな。

現在の星野部落の北東に野原崎という場所があり、そこに昔、野原村(ヌバレームラ)という村があった。
そこが人魚の話の舞台だ。

人魚の話はこんな感じ!

昔、石垣島に野原村という村がありました。

 ある夜、村の若者たちが浜辺で遊んでいると、海の彼方から美しい女の歌声が聞こえてきました。「いったい、どこの村の女だろう」と、みんな不思議に思っていました。

 それから数日後、村の若者たちは、くり舟をこぎ出して漁をしました。いつものように網を入れては引き上げると、おもしろいように魚がかかります。若者たちは夢中になって漁を続けていました。三度目の網は、とても重くて、なかなか引き寄せられません。

 「これは大漁だ。今度は大きな魚がたくさん入っているぞ」と、大喜び。「ヨイショ、ヨイショ」と掛け声も勇ましく引き寄せ、網の中の獲物を見てびっくりしました。胸から上の上半身は美しい女で、胴から下は、うろこの美しい長い尾びれの魚です。

 「これは話に聞いた人魚だ。毎夜のようにきれいな声で歌を歌っていたのはこの魚だったのか。珍しい魚がとれた。これはよい土産ができたぞ」と、若者たちは大喜びで舟に引き上げようとしました。すると、人魚はすすり泣きしながら、「私は人魚です。どうぞ私を海に帰してください。お助けくださいましたら、お礼に恐ろしい海の秘密をお教えしましょう」と言いました。

 若者たちも気の毒になり、「あまりにかわいそうだ。放してやろうではないか」ということで、網の中から人魚を抱き上げて海に放してやりました。

 人魚は元気をとりもどし、うれしそうに舟のまわりを泳いでいましたが、「お助け下さって有難うございます。お礼に海の秘密をお教えします。明日の朝、大津波がおこって、この島を襲います。一刻も早く山の方へ逃げてください」と言い残して波の彼方に消え去ってしまいました。

若者たちは、びっくりして急いで村に帰り、村中にこのことを伝え、こぞって近くの山に難をさけました。また、近くの白保の村にも馬をとばして、そのことを伝えました。しかし、白保の村の人たちは、「そんなばかなことがあるものか」と言って、だれ一人相手にする者はありませんでした。

あくる日の朝、ヌバレー村の人たちは、山の上から海の潮が急に引いて丘のようになるのを見ました。それから間もなく、沖の方に黒い雲のようなものが横に一直線にのびたのが見え、それがだんだん近づいて、白い波頭を立てた山のような波となり、ものすごい響きを立てて島に襲いかかりました。大波は岸をたたきつけ、村をのみ、村の後ろの畑を洗って山の麓まで駆けあがって来ました。二度、三度、引いては返す大津波に、村も畑もすっかり海にさらわれてしまいました。

 肩を抱き合い、ぶるぶる震えて見ていた村の人たちは、あくる日になって、しょんぼりと山を下りました。海は何事もなかったかのように静まり返っていましたが、村は跡かたもなく流され、あたりには石がゴロゴロ転がっているだけでした。

 何一つ残らない村跡に、ぼんやり立ちつくしていた村人たちは、これから先どうして生きていくかを思い、がっかりとなっていましたが、人魚のおかげで一人の死者もなく助かったことをせめてもの幸せと思い、力を合わせて村おこしに励みました。

 それに引き替え、白保村の人たちは、ほとんど家とともに海に引き流され、助かったのは、朝早くから畑に出ていた数えるばかりの人だったということです。

 これは、明和8年に石垣島を襲った大津波にまつわる話です。

「ばがー島 八重山の民話」より抜粋

書いてある民話によっては、ちょっと話も違っていますが、だいたいこんな感じです。
今は野原村は無くなり、新しく星野村となりましたが、人魚の話は語り継がれているのです。








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